礼拝と御言葉

キリスト教福音宣教会の
礼拝について

私たちは礼拝をとても大切に考えます。神様に出会う時間であり、1週間の中でも深い力を得られる時間です。まるで大切な人に会いに行くように身も心も清く準備し、感謝の祈りを捧げます。明るい賛美に笑顔があふれ、花が咲いた柔和な雰囲気になります。代表牧師の説教は、聖書を深く理解させ、神様を信じ愛するようにさせ、生活の中で実践させる力に満ちています。神様の働かれた歴史が過去のものではなく今、より次元を上げて進行中で、私達のすぐそばで働かれていることを生き生きと感じさせてくれます。

主日の御言葉

生活の愛だ 自分が好きであれば、もっとよいものに見えて、もっと愛するようになる

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[御言葉] 鄭明析牧師

[本 文] テサロニケ人への第一の手紙5章16~18節

いつも喜んでいなさい。絶えず祈りなさい。全ての事について感謝しなさい。

神様と聖霊様と御子主と「瞬間の対話、瞬間の関心、瞬間の考え、瞬間の愛」は易しいですが、「生活の中で毎瞬間の愛、毎瞬間の考え、全てにおいての対話」が難しく、連続的に行わなければならないから難しいです。

毎日「生の中」で、「生活の中」で、三位と主の考えと一体になって、毎瞬間忘れず三位と主を愛し、交通して、「愛の生活」をする人が「偉大な愛」をする人です。

子供が良い時も悪い時もお母さんにぴったりくっついて、一緒におこなってこそ、ミスもなく危険もないように、いつも神様と聖霊様と御子主と一緒に行うことを願います。

<最高に高い愛の次元>はどんな姿でしょうか?

神様と聖霊様と御子主と、考えも体も一体になって、一緒におこなって生きることです。

生活の愛の始動は自分がかけてこそ、やる分だけ感じ、得て、享受するようになるから、三位と毎瞬間離れず、一体になって、毎日成長し、毎日変化することを祝福します!

[御言葉] 鄭明析牧師

[本 文] ローマ人への手紙12章11節

「熱心で、うむことなく、霊に燃え、主に仕え、」

(韓国語聖書:「勤しんで、怠けずに、熱心を抱いて主に仕えなさい。」)

<人>も自分が先に好きであってこそ、その人に欠点があっても、その人がどんな姿でも、もっとよく見えて、もっと愛するようになり、<何かの物や存在物>も自分が気に入って好きであってこそ、他のどんなものよりもそれをもっと大きく思い、価値あるものとして思い、もっと好きになり、喜ぶようになります。

<神様も聖霊様も御子>に対してもそうです。 好きであってこそ、目立って見え、もっとよいものに見え、神秘的に見え、美しく雄大に見え、もっと近くし、愛するようになります。

自分が好きであれば、心が熱くなります。熱ければ、心も考えも行いも、もっと「輝き」を発し、生も人生も信仰も、もっと「味」があり、考えも行いも霊も、もっと美しく雄大で神秘的になります。

皆さんみんな、お湯が沸くように熱くできるし、溶鉱炉のように熱くできます。<好きな祝福を受けた人>、<好きな祝福を受けて、続けて熱くして、変質しなかった人>が「最後」までおこなって、「極」にのぼるようになるから、好きで、熱心に熱く行う皆さんになることを祝福します。